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鳥取地方裁判所 昭和24年(行)35号 判決

原告 前田仙蔵

被告 鳥取県知事

被告補助参加人 沢口ふき

一、主  文

被告が補助参加人に対してなした昭和二十四年五月二十五日附鳥取縣受農地第三〇三一号農地賃貸借解約許可の処分はこれを取消す。

訴訟費用中原告と被告との間に生じた分は被告の負担とし原告と補助参加人との間に生じた分は補助参加人の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めその請求の原因として原告は補助参加人から昭和二十年中その所有にかかる鳥取市東品治町六十九番地の一田一反八畝歩を小作料は、米五俵二斗を換算した金額として期間の定めなく賃借耕作して來たところ、補助参加人は何等の理由もないのに昭和二十三年中原告に対し右賃貸借の解約の申入をすると共に、同年七月被告に対し右賃貸借解約の許可申請をなし、被告は昭和二十四年五月二十五日附鳥取縣受農地第三〇三一号を以て右農地の賃貸借解約許可の処分をなし、その処分はその頃参加人に通告された。しかし右解約は農地調整法第九條所定の要件を欠き、從つて解約許可処分は不法であるからその取消を求めるため本訴請求に及んだ旨述べ被告の主張(一)(二)及び補助参加人の主張に対し原告が被告主張の頃本件田地の一部を裏作に限り田中芳藏、住口熊次、田辺某の三名に耕作せしめた事実、それにつき農地調整法第四條所定の承認を得ず、又補助参加人の承諾を得なかつた事実、原告が昭和二十年から昭和二十二年までの賃料を既に支拂い昭和二十三年度の賃料は未拂である事実、本件許可処分当時原告が本件田地を含め約四反の田地を耕作していた事実、その当時において原告方家族が原告夫婦の外十六歳を頭に七人の子で、合計九人家族である事実は認めるが、補助参加人方の家族関係その経歴は不知、その余の事実を否認する。原告は田中、住口、田辺三名の懇望もだし難く、本件田地全体の一割に相当する地域を裏作に限り無償で耕作させたのであるからこれを轉貸したものとして解約許可の理由とするは不当である。又仮りに昭和二十年度、昭和二十一年度の賃料の支拂が多少延滯したとしても昭和二十年中原告が應召したため右両年度の稻作の出來が思わしくなかつたのがその原因となつたものであり、又昭和二十三年度の賃料は昭和二十四年春原告の子を使者として補助参加人に賃料を提供したのに、同人はその受領を拒絶したため未拂となつているものであつて、賃料の滯納につき宥恕すべき事由があるものである。又原告方は原告夫婦の外子供七人の中三人に農耕の手傳をさせているから稼働労力は十分である。加うるに補助参加人は本件解約許可処分当時店舖を構え、その娘に青物商を営ましていたから生計は充分であるに反し、原告は專業農家であるところ、前述の通り耕作反別僅少で、しかも多人数の家族を扶養せねばならぬため生活困難であつて、從つて農閑期には日雇をして生計の資を補充していた次第である。若し本件田地を取上げられれば到底生活が継続できないから解約許可は不当であると述べた。(立証省略)

被告指定代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として補助参加人が原告に対し昭和二十年中その主張の農地をその主張の約旨で賃貸した事実、原告主張の通り右賃貸借の解約申入、賃貸借解約許可申請、その許可処分、その通告のなされた事実はこれを認めるがその余の原告主張事実を否認する。被告は次に述べるような事情があるので、解約事由ありと認め、解約を許可したものである。(一)原告は昭和二十二年の同年度産米收穫後及び昭和二十三年にわたり、本件田地を田中芳藏、住口熊次、田辺某の三名に対し農地調整法第四條所定の承認もなく、又補助参加人の承諾もなくして轉貸耕作せしめたものである。しかも原告は賃借の初め即ち昭和二十年から昭和二十二年までの賃料を現在までには支拂つているが、いずれも支拂を延滯したものであつて、又昭和二十三年度分の賃料は未だ支拂つていない。これらは同法第九條第一項本文所定の小作料を滯納する等信義に反したる行爲に該当する。(二)仮に然らずとするも賃貸人たる補助参加人の自作を相当とする事由がある、即ち補助参加人方の稼働労力は本件解約許可処分当時において補助参加人本人(当時五十八歳)その娘二人(当時二十六歳及び二十三歳)あつて、補助参加人は鳥取縣気高郡大郷村に生れ同縣岩美郡大岩村の沢口信吉の嫁となつたが生家婚家共に農業を営んでおり補助参加人もその手傳をしていたので、農業の経驗は充分あるものであるから労力に不足はないだけでなく、施設としては本件田地を耕作するに充分である鍬三丁、備中鍬二丁、鎌二丁を保有している。さればこそ補助参加人が昭和二十四年六月から原告に替り本件田地の耕作を初めるや從前原告が耕作していた時よりも遙かに良好な作柄をあげたのである、然るにもし補助参加人が本件田を得ることができないとすれば同人は本件処分当時には何等の職業もなく、しかも他に一坪の農地をも有しないのでその一家は糊口に窮する実状にあつたものである。他方において原告方は本件許可処分当時において本件田地を含めて約四反の田三畝の畑を耕作しており、その家族は原告夫婦の外十六才を頭に七人の子があるだけであるから稼働労力不足し、作柄も不良であるだけでなく、生計は補助参加人の生計困難に比すればなお余裕のある状態にある。以上の状況を比較すれば補助参加人の自作を相当とすること明白であると述べ、

補助参加代理人はなお補助参加人の娘には近くその從兄福田常正を婿に貰うことになつており、農繁期毎に福田は手傳に來ているから稼働労力益々充実せるのみならず、本件田地の位置は原告宅からは約半里を隔てる距離にあるに反し、補助参加人宅からは約二丁の至近距離にあつて補助参加人の耕作に好適である旨補充陳述した。(立証省略)

三、理  由

原告が補助参加人から昭和二十年中その所有にかかる鳥取市東品治町六十九番地の一田一反八畝歩を小作料は米五俵二斗を換算した金額として期間の定なく賃借したところ、補助参加人が昭和二十三年中原告に対し右賃貸借の解約の申入をした事実、補助参加人が被告に対し同年七月右賃貸借解約の許可申請をなし被告が昭和二十四年五月二十五日附鳥取縣受農地第三〇三一号を以て右農地の賃貸借解約許可の処分をなし、その処分はその頃補助参加人に通告された事実は当事者間に爭がない。

よつて右許可処分が正当かどうかを按ずるに、元來農地賃貸借の解約は許されないのを原則とし農地調整法第九條第一項所定の要件の具備する場合に限り例外的に許されるのであるから解約が許さるべき場合に該当すると主張する者、即ち本件の場合には被告において同條所定の要件の具備することを主張立証すべきものといわねばならない。そこで被告の主張立証につき以下順次檢討することにする。

第一被告は原告が昭和二十二年の同年度産米收穫後及び昭和二十三年にわたり本件田地を田中芳藏、住口熊次、田辺某の三名に対し農地調整法第四條所定の承認もなく、又補助参加人の承諾もなく轉貸耕作せしめたものでこれは法定の解約事由たる信義背反行爲に該当する旨主張するから、この点につき按ずるに証人有本健太郎、同森下豊藏、同田中くに、同河上勅薫、同沢口ふきの各証言に原告本人の供述を綜合すれば原告が昭和二十一年頃から昭和二十三年頃までの間に非農家である田中芳藏、住口熊次、田辺某から食糧難の故を以て一部の裏作をさせて貰いたい旨懇望されたので、これに同情し無償で本件田地の中半分に充たぬ部分を右三名に裏作をさせ、その余の部分の裏作は原告自身が行つていた事実を認めるに十分で、この事実によれば原告は單に右三名に事実上耕作を許容していたに過ぎないものというべきでこれを以て本件田地の轉貸と目すべきではない。尤も前顕田中証人の証言原告本人の供述によれば原告方の收穫期には御礼の意味で、右三名は原告の手傳をした事を認め得るけれども、この手傳をすることを以て直ちに轉貸の対價であると認めるわけにはいかない。從つてこれにつき農地委員会の承認を得ることも賃貸人の承諾を得ることも不要で、これを得なかつたからとて信義に反するとはいえない。次で被告は原告は昭和二十年から昭和二十二年までの賃料は支拂つたが、いずれも延滯したもので、しかも昭和二十三年分の賃料は未拂であり、これは信義背反行爲に該当する旨主張するからこの点につき按ずるに、賃料支拂が多少延滯した事跡が過去にあつても、許可処分当時において既に支拂を済ませているときは延滯につき宥恕すべき事由があるから解約の事由にならないと解すべきところ、証人沢口ふきの証言原告本人の供述を綜合すれば、昭和二十年から昭和二十二年までの賃料の延滯があつた事実を認め得るけれども、原告本人の供述によれば原告において昭和二十年中應召したため、同年度の稻作の出來が惡く翌年度は漸次田の地味も回復に向う途中にあつた事実を認め得るだけでなく各年度の賃料をいずれもその翌年中には支拂い本件許可処分当時には支拂を了していることが認められるから宥恕すべき事由があるというべく、又昭和二十三年度の賃料が未拂であることは原告の認めるところであるけれども、証人前田礼子の供述によれば原告は昭和二十四年春に昭和二十三年度分の賃料をその娘礼子をして補助参加人宅に持参せしめたが、受領を拒絶されたため支拂ができなかつた事実を認め得るからこれ亦原告の右不履行は宥恕すべき事情にあるものというべく、從つて賃料延滯又は不拂を理由として解約を正当とする被告の主張も亦採用し難い。

第二次で被告は賃貸人の自作を相当とする場合に該当すると主張するからこの点につき按ずるに、成立に爭いのない丙第一号証に証人福田常正、同河上勅薫、同大橋政治、同中村光嘉、同有本健太郎、同沢口ふきの各証言を綜合すれば本件許可処分の当時において補助参加人は鎌鍬等の小農具の設備を有する事実、同人は本件田地以外に一坪の農地をも有しないので右田地の取上をしこれを耕作しなければその一家の経済生活は必ずしも安樂ではない事実、本件田地の位置は原告宅からは約半里を隔てるに反し、補助参加人宅からは約二丁の近距離にあつて同人の耕作につき好位置にある事実を認めるに足るけれども他方成立に爭いのない乙第一号証前顕森下、田中、前田、福田、河上、大橋、有本、沢口各証人の証言の一部原告本人の供述を綜合すれば本件許可処分当時において補助参加人は年齢五十八歳の老婦であつて、その健康状態は足が多少惡く力仕事はできない状況にあり、若年の頃には農業に從事したけれども二十六、七歳以後は農事をやめて鳥取市の現住所に來り居住し四十五、六歳頃に二年程田舍に出て農事に從つたことがあるが、その後は又引続き鳥取市に出て農をやめているもので一應農の経驗はあるとはいえ必ずしも從前の農業の体驗を活用し得る状態ではない事実、しかもその家族は自分と二十三歳の次女との二人暮で(長女は許可処分後に他から帰來し同居するに至つた)当時自宅で八百屋兼古物商を営んでいた事実、一方原告方は原告夫婦の外長女十六歳を頭に七人の子女(次女十四歳三女十二歳等)があつて稼働労力としては当時原告夫婦及び長女の三人であつたが、將來子女の発育と共に労力増加する形勢にあつた事実、原告は農の專業者であるが、その反別は田地は本件の分を含め約四反畑三畝に過ぎないのに前記の通り多人数の家族を養つているため生活は窮迫し農閑期には日雇をして生計の足しにし、辛うじて暮しを立てている事実農業の経驗は補助参加人以上に有している事実を認め得べく、更に原告と補助参加人との作柄を比較するに前顕丙第一号証大橋、福田、森下、有本、沢田各証人の証言に原告本人の供述を綜合すれば本件田地を原告は昭和二十四年六月まで耕作しその後これに替つて補助参加人が耕作したものであるところ、原告は昭和二十年頃は應召のため又補助参加人は昭和二十四年中農耕準備不足のため、それぞれ充分の成果をあげ得ず從つて両者共年度により作柄に高低はあるけれども全体的に見れば先ず先ず両者共普通の作柄を保ち得た事実を認めることができる。以上の状況を綜合すれば本件の場合は未だ農地調整法第九條第一項但書にいわゆる賃貸人の自作を相当としその他解約を正当とする場合に該当するとは認められない。補助参加人は参加人の娘は近く福田常正を婿に迎えることになつているから稼働労力増加する旨主張するけれども、これを認めるに足る証拠なく、却つて前顕福田証人の証言によれば、本件許可処分当時には福田が参加人方の婿になる話は未だなく、その後昭和二十四年秋に至りその話がでたがそれも下話の程度にすぎず、しかもその話は昭和二十五年二月に至り立消えとなつた事実、加うるに福田方は小人数の家族で田畑一町三反を耕作しているので多忙を極めとても他人に満足な手助けをすることはできない状況にあつた事実を認め得るから、補助参加人のこの点の主張は採用ができない。

よつて結局本件解約許可処分は解約を許可する事由なくしてなされたもので失当であるからその取消を求める原告の本訴請求は正当である。よつてこれを認容し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條第九十四條後段を適用し主文の通り判決した。

(裁判官 大賀遼作 大倉道由 柚木淳)

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